『経営参謀の発想法』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
マッキンゼー副社長,ベインアンドカンパニー社長を経験された後正武氏の著作で,「戦略策定」,「組織」,「リーダーシップ」に重点を置いて様々なフレームワークや経営理論が紹介されています.兵法書や,戦争・軍の歴史,心理学の理論などもいたるところで紹介されており,そのあたりに疎い理系の学生等にとってはなかなか得るものの多い書籍かと思います.

一章〜三章までは戦略策定についての話が展開されています.内容自体は極めて基礎的なのですが,フレームワーク等に馴染みがない方や,知っていてもイマイチ使いこなせていない方には有益な記述がなされているかと思います.


二章:自社の戦略を把握するでは事業戦略,業務戦略,技術戦略についての解説がなされており,マッキンゼー式のPPM:Product Portofolio Managemanet(縦軸を市場の魅力度(規模・成長性・収益性・代替品の有無etc),横軸を自社の強さ(シェア・品揃え・技術力・販売網・ブランドetc) とし,その大きさにより分けられた縦横3×3のマトリックスをつくり事業の評価を行う手法)やKFS:Key Factor for Success(組織を一つのI/O(Input/Output)システムと見なし,全体に極めて重要な作用を与えるポイント(レベレージポイント)を整理し,自社の資源配分の状況を理解する手法)が紹介されています.


三章:新しい戦略を立案するでは,戦略立案のプロセスとして[(1)課題を明確にする,(2)現状把握を行う,(3)現状を診断・評価する,(4)解決策を検討する,(5)実行プログラムを策定する]といった流れが紹介されており,現状分析ツールとして有名な4C分析(Company, Competitor, Customer, Channelを詳細に分析する手法)や感度分析(改善可能な変数(売値・材料購入コスト・歩留まり・販売量etc)を動かした際,どの程度の経済効果・業務改善効果が期待できるか目安をつける手法),解決策の評価手法(事業の成功確率を横軸と成功したときの効果を縦軸にした縦横2×2のマトリクスにより解決策を評価するetc)などが紹介されています.



そして四章〜六章では組織に関する記述がなされていますX理論Y理論,マズロー欲求段階説パーキンソンの法則(役人の人数はなすべき仕事の数に関係なく一定の割合で増加する / 金は入っただけ出る性質がある / 拡大は複雑を意味し,複雑は腐敗を意味する),エクセレントカンパニーの8項目(行動の重視 / 顧客への密着 / ひとへの着目,重視 / 自主性・企業家精神の尊重 / 単純で小さな組織 / 基軸事業への傾斜 / 価値観に根ざした実践 / 自由と規律の共存)など,貴重な知識を習得する上でも有益な章かと思います.


四章:組織を構築するでは,まず前半で戦略の変化に合わせ組織も適宜変革が必要であることが述べられており,その際に検討が必須となる組織の7S(Structure, System, Strategy, Shared Value, Style, Skill, Staff)が紹介されています.そして,意志と力で決定が可能なハードの3S(Strategy, Structure, System)の変革から,短期間での変更は難しく,正しい方向付けと注意深いケアと運営が必要ソフトの4S(Style, Shared Value, Skill, Staff)への移行を可能とするメリハリのあるうち手の重要性が訴えられています.さらに後半では,ビジネスシステムの検討プロセス(Fix:各プロセスの最適設計,Balance:各ビジネスプロセス間のバランスと業務の流れの最適化,Redesign:アウトプットの最大化ため全く新しい視点で最適ビジネスシステムを再設計する)が紹介されており,業務の部分最適ではなく全体最適に主眼を置くことの重要性とそのための留意点(1:全体最適を図るためのコミュニケーションと意思決定を司る効果的なサブシステムが重要. 2:複数の機能を体験し,機能を超えた広い視野で物事を考える体験を積ませることが重要)について述べられています.


五章:リーダーシップを考えるでは,組織の7Sを強化し変革していくためのリーダーの役割として,以下の四つが存在すること,大きな変革というものは,「既存の制度の障害を無力化する過程」ないし「新しい方式を肯定する強いしかけ」が必要であることについて述べられています.

  1. 目標と戦略方針を定める(Strategy, Shared Value)
  2. 戦略を構築し,実施機構を準備する(Strategy, Structure, System)
  3. 人を採用し,スキルを身につけさせる(Staff, Skill)
  4. 求心力を高め,組織のカルチャーを育成する(Style, Shared Value)

【管理人より】
私の知り合い(かなり年上)で中堅企業の管理職の方がいます.彼の話からも,そしてその他様々な方の話からもうかがえる事なのですが,未だに多くの企業において4C(ないしは3C)分析や感度分析など基本的な事柄も満足に行われておりません.

業績低下の要因や改善のための鍵となる要因を十分に突き詰めること無く,ただ改善のために「良い」と思われることを総花的に並べて作成されていることなどザラにありますし,現状把握は正しく出来ていてもその後の打ち手が「営業力の強化」や「社内活性化」などのように宙に浮いたもので終わってしまうこともしばしばです.日常の問題発見・問題解決力や会議の質の向上のためにも,経営陣・管理職は勿論,役職外の人々も最低限の知見とマインドセットを有する必要があるのではないかと思います.


また,企業において変革に対する内部の抵抗も並々ならぬ問題のようです.人間というのは,元来変化を嫌う生き物であるため,多少の抵抗は覚悟しなければなりませんが,だからといって必要な変革を実行できなければ会社の存続に関わります.言ってしまえば,二章・三章で紹介されているような分析を駆使し,全社戦略から各事業戦略,業務戦略の立案も,四章以降で述べられている組織の変革も,そのためのリーダーの育成も企業にとっては全て重要な訳ですが,特に今重視すべきなのは,ソフト面も含めた組織の変格・強化ではないかと思います.上がどれほど正しい意思決定をしようとも,組織として環境の変化に適応できなかった場合,その組織は消滅するしかないためです.


そもそも,上層部が正しい意思決定をするためにも,組織の強化・健全化は不可欠です.経営者一人でできる仕事の量は限られています.彼等の重要な任務である,今後の業界の動向を見定め,全社戦略を議論することに十分なエネルギーと時間を割くため,またそれが実りあるものとなるためには,各事業が正常に機能していること(現場やマネジメント層の意思決定,行動が適切であること),優れた分析の下に導き出された情報が迅速に上がってくること,自身の意思決定が迅速に社内に反映されることが不可欠です.

そのためには,適切な権限委譲の下,社内の各事業部を自律的なものにしていく必要がある訳ですが,どんなに秀逸な組織図を描き,権限を適切に委譲し,非の打ちどころのない制度の確立に成功しても,それを活かす人材が社内に存在しなければこれらは砂上の楼閣に等しい訳です.社内の一人一人が自分に与えられた細分化された業務のみに注目するのではなく,会社の進むべき方向性を理解し,絶えず必要な修正・改善を繰り返し,イノベーション創出のための創造性を働かせることが重要です.そして彼等を正当に評価し,動機づけ,必要な修正を加えていくリーダーが必要です.

そのような人々を惹きつける魅力を企業に備えること,また社内からそのような人々が育っていくような土壌を確立することは,企業がどれだけ時間と手間をかけようとも達成しなければならないことです.決して簡単なことではありませんが,この課題に正面から取り組む企業が一社でも増えてくれればと思います.

そして,私もそのための力添えができるよう,自身の知見・能力を磨いていきたいと思います.


【関連書籍】
『企業参謀』 大前研一
『経営参謀が明かす論理思考と発想の技術』後 正武


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