『孫子・戦略 クラウゼヴィッツ』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
多くの経営者が座右の銘にもする孫子の兵法』クラウゼヴィッツ戦争論において,エッセンスと両書の対比,その活用方法が書かれた本です.上記二書の内容自体に対する記述は勿論,宮本武蔵の剣術書五輪書や中国の有名な兵法書六韜毛沢東の戦略書『遊撃戦論』などについても触れられており,短時間で有益な古典に触れる上ではなかなか優れた書籍となっています.ここで,『孫子の兵法』,『クラウゼヴィッツ戦争論』について簡単にまとめておきます.



孫子の兵法』は,今から約2500年頃前に中国の呉に仕えていた孫武の執筆した兵法書です.当時の軍師は,政治に対する意思決定にも関わっていたため,単に目の前の敵を倒すことだけでなく,国益を考えた上で最善の選択とは何かといった視点も含まれています.また,戦での敗北は自国の滅亡を意味するため,戦は一回勝負という前提の下で内容が構成されています.主張のいくつかを挙げると

  • 敵を攻め破り,敵城を奪取しても,戦争目的を達成できなければ,結果は失敗である.これを「費留」という.(火攻篇)
  • 名君名称はつねに慎重な態度で戦争目的の達成に努める.彼等は有利な状況,必勝の態勢でなければ作戦行動を起こさず,万やむを得ざる場合でなければ軍事行動に乗り出さない.(火攻篇)
  • 相手を無傷のまま引き入れて,天下に覇をとなえる(謀攻篇)
  • 敵に作戦行動を起こさせるためには,そうすれば有利だと思いこませなければならない(虚実篇)
  • 敵に作戦行動を思いとどまれせるためには,そうすれば不利だと思いこませることだ(虚実篇)
  • 敵の最も重視しているところを奪取することだ.そうすれば,思いのままに敵を振り回すことができる(九地篇)
  • 自軍を絶体絶命の窮地に追い込んで死戦(命懸けの戦い)させる これが将師の任務である(九地篇)
  • こちらが仮に一つに集中し,敵が十に分散したとする.それなら十の力で一の力を相手にすることになる(虚実篇)
  • 智者は,必ず利益と損失の両面から物事を考える.すなわち,利益を考えるときには,損失の面も考慮に入れる.そうすれば物事は順調に発展する.逆に,損失を被った時には,それによって受ける利益の面も考慮に入れる.そうすれば,無用な心配をしないですむ(九変篇)


クラウゼヴィッツ戦争論は,今から約200年前にプロイセン軍に仕えていたカール・フォン・クラウゼヴィッツが書いた軍事書であり,ナポレオン率いるフランス軍との戦いを通しその内容が深化したと考えれられています.孫武と違い,クラウゼヴィッツは完全な軍人としての教育を受け,その任務も戦争相手が決まってから発生するものであったため,政治的な視点からの記述はやや少なく,戦うべき相手にいかに勝つかに重点が置かれています.また孫子と違い,同じ相手と何度も戦うことを想定しているため,戦争国が戦いを通して互いに相手の実力や手口を分析することも前提としていることが伺えます.示唆ある主張をいくつか挙げると

  • 戦争は他の手段をもってする政策の継続にすぎない(第一篇)
  • 戦争とは,相手にわが意思を強要するために行う力の行使である. (第一篇)
  • この目的を確実に達成するために,我々は敵を無力にしなければならない.またこれが軍事行動の本来の目標である.(第一篇)
  • 戦争は力の行為である.その力の行使においてはどのような制限もない.それだから,交戦者のいずれもが,互いに自らの意思の実現を相手に強要する.そこで相互作用が生じる(第一篇)
  • 将軍の保有する戦力を集中させておくということ以上に重要で単純な戦略上の原則はない.緊急な目的のために派遣する以外には,何も主力から分離させてはならない.(第三篇)
  • 軍事的天才とは,精神力の調和ある統一体である.この場合,ある種の精神力が特別に優れているとしても,それが他のいかなる精神力の働きをも妨げてはならない.
  • 指揮官はいたずらに奇策に頼ることを好まない.真剣に考えれば,多くの場合必然的に直接的な行動に頼らざるを得ず,奇策をもてあそぶ余地はない.(第三篇)


2時間程度で読める書籍なので,教養を得る一環として読んでみるのも良いかと思います.



【管理人より】
孫子』,『戦争論』についてなかなか興味深い引用と,著者の解説が乗っており,初学者にとっては得るものも少なくないと思います.ただ著者はビジネスの専門家ではないため,これらを経営戦略や事業戦略,組織戦略に生かすには,自身の知識と思考を辛抱強く駆使していく必要があります.上記の引用と相関の強い経営上の考えとして思い浮かんだものをここで紹介します.まず一つ目は,

競合他社の妥当を企業の第一の目的としてはならないということです.このことは,大前研一氏やP.F.ドラッカー,『ブルーオーシャン戦略』のW・チャン・キム,『戦略の原理』のコンスタンチノス・マルキデスやマーケティング理論の先駆者フィリップ・コトラー等の書籍でも良く主張されていることです.競合より良い製品をより安く提供することを盲目的に目指していては,自社の製品が顧客の求めるものと徐々に乖離し,気づけば顧客の望まない製品改良に多くの経営資源を注ぎ込む結果へと繋がりかねません.自社がその製品を提供する目的は何なのか?その際優先すべきことは何なのか?単に売上を上げることなのか?利益を上げることなのか?別の事業成功のための手段に過ぎないのか?これらを常に意識した上で,商品設計から製造,価格決定,販売活動を行っていかなければ,非常に危険な事態を招く可能性があります.そして二つ目は,


自社が競争優位を確立できる分野で勝負すべきであるという基本的な主張です.『成長戦略論』や『戦略の原理』,『競争戦略論I』などで強調されているように,企業には,自社の戦略的資産が何かを見極め,それを顧客価値の創造にいかに生かすかを考える姿勢が極めて重要です.成熟期においてこの見極めを誤り,自らの経営資源を浪費した企業は枚挙に暇がありません.3C分析という言葉ができて既に数十年が経とうとしていますが,適切に使いこなせている企業は極めて少ないようです.経営陣の怠慢も無いとは言えませんが,それだけ自社・競合・顧客(特に自社)を客観視するのは難しいということなのでしょう(だからコンサルタントという存在がいるわけですが).そして最後の三つ目は,二つ目の主張と関連した内容で


企業の経営資源には限りがあるというさらに基本的な主張です.あれもこれもと投資先を増やし,結局一つの事業も明確な強みを持たない状況に陥れば,その企業の存続は絶望的となります.『マッキンゼー 変革期の体質転換戦略』や『選択と集中の戦略』などでも主張されているように,たとえ大企業が中堅企業を相手にする場合であっても,参入する大手企業が,その事業において既存の中堅専門企業以上の人材・資金投入や需給関係構築ができないのであれば,シェア獲得は困難であるということは当然です.目の前にいかに魅力的な事業があっても,参入に必要な経営資源を創出できない場合,または経営資源投入によってコア事業の弱体化を招くようならば,潔く手を引く勇気も必要です.


私自身,ビジネスに関する知識・経験は微々たるものなので,現状でこの二つの古典の価値をきちんと理解できているとは言い難いです.二書の価値を十二分に理解できるよう,そしてそれを実際に価値提供に結び付けられるよう,努力を怠らないようにしたいです.



【関連書籍】
孫子呉子村山 孚
六韜三略守屋 洋
クラウゼヴィッツの戦略思考』ティーハ・フォン ギーツィー


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