『異業種 競争戦略』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】

ボストンコンサルティンググループの元日本代表の内田和成氏の著作で,ビジネスモデルの多様化に伴い,自社の競合が従来の業界の枠組みを超えて出現しうることについての警告と,その対処法について書かれています.2時間弱で読める内容ですが,例として扱われているのがGoogle松井証券楽天ソフトバンクセブン銀行など時代に即しており,得るものは決して少なくないと思います.

本書では,”異なる事業構造を持つ企業が,異なるルールで,同じ顧客や市場を奪い合うこと”を異業種格闘技と呼んでいます.有名どころで例を挙げるとすればMicrosoftGoogleでしょうか.どちらもユーザーにソフトを提供していますが,前者の収益源は,有料ソフトの売上であり,後者の収益源は広告収入です.ソフトを提供する目的(事業目的)も前者はソフトの売上獲得のため,後者はソフトを撒き餌に自社の検索エンジンを利用してもらうためです.市場の成熟化と情報技術の進展により,このような戦いが業界のいたるところで起きています.その際の注意点と,その対策の一環で興味深い概念が紹介されていたので簡単に言及しておきます.



注意事項としては,競合のコスト構造や規模の推定が難しく,今までの競争のルールが通用しないこと,そして成功している企業ほど既存の店舗や流通網,顧客など,失うものが大きいことです.しかしながら,異業種格闘技は今後避けては通りがたい課題です.他業界で起きたことや,隣接業界のビジネスモデルや動向,顧客の求める価値の変化などに注視し,これらに対処していかなければなりません.そこで紹介されているのが


事業連鎖というフレームワークです.コンセプトとしては,従来のバリューチェーン(一社における,商品開発→調達→製造→マーケティング→物流の流れ)を考えるのではなく,業界全体にまで広げたより大きなバリューチェーンを描くというものです.また,バリューチェーンの見方においても,左から右への流れではなく,顧客を起点とし,右から左への流れで考え,自社の提供すべきものを考えることの必要性が訴えられています.そこでのポイントは以下のふたつです.

  • 事業連鎖の要素ごとに見て,顧客の不満や妥協がどこにあるかを考えること
  • 事業連鎖全体を眺めて,どこに非効率あるいは不要な要素があるかを見極めることも重要.


これらは,どちらも自社にとっての機会とも潜在的な脅威ともなりうるものです.特に最近は事業連鎖内において特定の事業が中抜き・結合されたり,他事業に置換えられるケースが頻発しています.そのため,常に自社の提供する価値と,顧客がお金を払っている価値との乖離に注意するとともに,業界を超えた真の競合関係を認識し,ビジネスモデルを確立(顧客に提供する価値の明確化,コスト構造・事業目的の設定,競争優位の持続)していく必要性が訴えられています.



【管理人より】
ビジネスモデルの再構築の重要性は, P.F.ドラッカー大前研一氏等が主張していることと同じな訳ですが,それを現在まさに生じている事例を元に分かりやすく解説している点,また戦略構築の際に有用なフレームワークを提案している点で,短いながらも価値ある著作だと思います.

本書でも,終盤で先見性を持つことと,戦略の柔軟な修正,事業の思い切った変革の重要性は述べられているのですが,ここでいくつか付け足したいことがあるので書かせてもらいます.まず,私が今まで読んだ書籍・論文中にあった,本書に関係する表現をいくつか紹介します.

  • 自らの手で,自社の製品・サービスを陳腐化することが,競合からの攻撃に対処する最善の方法である(『実践する経営者』P.F.ドラッカー)
  • ライバルと競合し相手を打倒することより,卓越した価値を生み出すことで競合企業を無力化することに目を向けることが重要である(『バリューイノベーションによる価値創造戦略』W.チャン.キム)
  • 成功企業は,モノやサービスを売っているという意識はない、むしろ顧客価値を探求・創造・提供していることに誇りを持っている(『コトラー・新マーケティング原論』フィリップ・コトラー)
  • 顧客が片付けたい「用事」が,状況ベースの市場区分を構成する(『イノベーションのジレンマ』クレイトン・M・クリステンセン)
  • 顧客が押し付けられていた商品分野に関わる妥協を排除しビジネスの定義に抜本的な変化を生じさせる必要がある(『「妥協の排除」が成長を生み出す』ジョージ・ストーク)


これらを読んでも分かる通り,自社および業界全体,更には経済環境の大局的な変化を真摯な姿勢で見つめ,顧客への価値の追究のための絶えまないビジネスモデルの変革が必要であることは,疑いの余地がないかと思います.ただここで同時に注意しなければならないのが,『イノベーションのジレンマ』や『戦略の原理』,『実践する経営者』でも指摘されている

  • 市場調査からは,顧客を感動させるような画期的な価値は見出し難い
  • 自社の顧客の声にいくら耳を傾けても,自社の顧客でない人々の満足を得るヒントは見つけ難い
  • 業界構造を塗り替えるような画期的な事業は,それが生まれた頃は,利益率・市場規模とも魅力に乏しいことが多い
  • 変化が統計的に意味のあるものとして表れる頃には,機会としての利用は勿論,対処することすら手遅れになっている


といったことです.このような指摘が度々なされるということは,事業の枠をはずして考えられる人間が今も昔も極めて少ないことに他なりません.私もそうならないよう,日々注意し,意識的に訓練していかなければならないと常々感じています.今回のフレームワークを使って,身近な業界で事業連鎖の構築と今後の動向予測でもしてみようと思います.また,ビジネスモデルの変革期につきものの,社内における撤退事業関係者の反発に対する適切な対応策についても,引き続き考えていきたいと思っています.



【関連書籍】
『仮説思考』 内田和成
イノベーションのジレンマ クレイトン・M.クリステンセン
『成長戦略論』 ハーバードビジネスレビュー編集部



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