『ネクスト・ソサエティ』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
経営の泰斗P.Fドラッカーが執筆した,21世紀の社会,経済,技術に関する論文・インタビューをまとめた本です.産業構造の変化から,ITの今後,資本主義の未来,国と政府・企業のあり方まで幅広いトピックが扱われており,企業・国家戦略の立案はもちろん,個々人のキャリアを考えるうえでも極めて示唆にとんだ情報が散りばめられています.特にお勧めの論文を以下で紹介します.


ネクスト・ソサエティの姿では,まさに本書で使われるネクスソサエティとはいかなるものかについて説明がなされています.具体的には,まず後年人口の急増と若年人口の急減により,誰もが70代半ばまで働くことになること,そして高年層を中心に契約ベース・非常勤・臨時といった多様な雇用形態が生じることが挙げられています.またその他にも,知識が主たる生産手段になることによる個人の機会の広がりと競争の激化,製造業が農業と同じ道をたどることで生じる保護主義の復活,従来の多国籍企業のグローバル企業(戦略による一体性を持ったうえで世界各地で活動する企業)への変貌などが紹介されています.


製造業のジレンマでは,先進国において製造業のGNPおよび雇用に占める割合が,20%を下回る水準になったことを踏まえ,製造業の地位が(かつての農業がそうであったように)今後さらに低下していくという予想がなされています.そして,その際に国家は保護主義に走るのではなく,その資金を労働者の教育をはじめとする未来への投資に向けるべきであるとを訴えられています.


IT革命の先に何があるか?では,かつての革新的発明(蒸気機関,鉄道など)が辿った歴史を元に,IT産業の今後についての予測がなされています.eコマースによって,製品,サービス,流通,消費者,消費行動,労働市場が根底から変化することは,多くの有識者等が訴えていることと大きくは違いませんが,一つ興味深いのが,IT革命によって今後多くのITとは直接的に持たない新産業が数多く出現するという予想です.実際バイオをはじめとする新産業が着々とその存在感を増しています.そして,そのような流れの中で競争力を失わないために,知識労働者の社会的地位を守り,適切な待遇で彼等を迎える姿勢が大事であることが強調されています.


起業家とイノベーションでは,イノベーションを体系として行うことの重要性が強調されています.そのために,既に起こった変化を体系的に見つけ,機会と捉えること,そのために過去のものを廃棄することが重要であると主張されています.また,その際注意すべきこととして,開発した製品が当初想定していなかったところで成功した際に,当初の戦略に固執せず柔軟な姿勢を取ることや,利益・収益ばかりを気にせず十分なキャッシュを確保すること,成長に耐えうる組織・人材づくりをしておくこと,などが挙げられています.


後半に展開されている,政治・経済に関する記述も,経営戦略を考える上での大きな助けになり得るかと思います.純粋に興味をそそる内容ですので,是非目を通してみてはどうでしょうか.



【管理人より】
ドラッカーの著作からは,毎回本当に多くのことを学ばされ,大いに刺激を受けます.本書を読み,個人的に感じた事を書かせてもらいます.一つ目は

日本の競争力強化にあたって,製造業に固執する姿勢は改めなければならないということです.確かに,我が国が今日の繁栄を築いたのは,製造業における優れた国内企業の貢献によるところが大きいかと思います.しかしながら,それがなされたのは,我が国の人々が製造業に適した遺伝子を持っていたためでも,我が国が製造業に適した立地条件を持っていたためでもないと思います.我が国が経済成長を遂げていた時期において,世界の経済を牽引するものが製造業であったため,そして,当時の日本の人々がそのことを認識し,持てる頭脳とエネルギーをその発展に注いだために,そのような結果が生じたのではないかと思います.世界の産業構造は日々変化しています.現代の経済を牽引する産業の種類も性質も,かつてのそれとは大きく異なるはずです.我々がすべきなのは,その現実を真摯に見つめ,過去の成功体験を神格化せず,新たな機会を見つけ出すこと,そしてそれを実体化され,自分達の手におさめる努力を続けることなのではないかと思います.二つ目は

我が国は,企業家精神に富んだ人材,組織が出現するシステムを整えなければならないということです.何も,アメリカのように優秀な人が次々とベンチャー企業に流れるような社会を目指すべきだと言っているのではありません.アメリカのこの仕組みは,人材市場の過度の流動化や短期的思考の助長,頻繁な企業買収とその後の組織統合の失敗による価値の損失,などさまざまな弊害を生んでいます.我が国に必要なのは,従来型の日本企業が持っていた,適度な人材の定着度の高さからくる,企業と人材との高い連携体制や,短期的な株価変動に左右されない投資方針を大事にしつつ,社内イノベーションを加速する事業体制と評価制度を確立することや,陳腐化した事業から適切な時期に撤退することをより奨励する意思決定プロセスと現場組織の意識改革といったことではないかと思います.


勿論,口で言うのは容易いのですが,そのための課題は山積みです.しかしながら,それを避けては,将来性のある産業の持続的創出も,既存事業の競争力維持も,極めて難しくなっていきます.これらの課題に,粘り強く取り組む人間が,一人でも多く現れることを願ってやみません.私自身もそのような人材にならねばと日々思います.

長くなりましたが,以上です.



【関連書籍】
『ポスト資本主義社会』P.F.ドラッカー
『明日を支配するもの』P.F.ドラッカー
イノベーションのジレンマクレイトン・クリステンセン



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