『ザ・プロフェッショナル』 大前研一

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
経済・経営における有識者として世界中から評価を得ている大前研一氏の著作です.一章でプロフェッショナルの定義について触れた後,二章以降ではプロフェッショナルに必要な能力(先見する力・構想する力・議論する力・矛盾に適応する力)について各論が展開されています.特に二章以降が秀逸です.ここでは,以下の三章を紹介します.


二章:先見する力では,我が国の製造業における成功体験や,その当時から続いてきた戦略立案といった行為がもはや役に立たないことについて触れ,これからは従来の常識を疑い,既存知識を捨て,競争環境の真の変化をつかむことが重要であると訴えられています.興味深いのは,戦略論を持ち込んだ張本人である大前氏が戦略論の脆弱性・価値の低下を指摘している点です.それほど,時代の変化のスピードは増し,自社の顧客や事業領域,競争相手を明確に定義することが難しくなっているということが随所から伝わってきます.


三章:構想する力では,ボーダレス経済,サイバー経済,マルチプル経済(将来性を持った企業が,創業年次に関わらず資本・企業価値を増幅できる経済)を正確に理解し,製品構想から価格決定,代金の回収までを詰めなければ,先見性のある事業であっても成功は難しいということが指摘されています.そして,既存事業の設備や組織によって機動性を失うことなく常に変化を察知し迅速に変化していくこと,常にグローバルスタンダードを意図して事業構想を練ることの重要性が強調されています.


五章:矛盾に適応する力では,経営の意思決定においては不確定要素・不合理な係数が多数存在し,論理のみで迅速に最善の解を導くことは困難であることが指摘されています.そして,経験に基づく直観的判断の価値を認識すること,左脳による分析的・論理的な問題解決思考と,右脳によるパターン認識力や創造力・直感力による戦略自由度の探査を組み合わせた思考を鍛えることの重要性が訴えられています.



世界34カ国以上で翻訳され,中国では希望所帰賞を受賞した本です.文章は平易で読みやすく分量も少ないのですが,内容は経済・経営・自己研鑽にまたがる示唆に富んだものです.興味が持てたら一読してみて下さい.



【管理人より】
本書を始め,多くの文献でも指摘されている通り,もはや自社の属する業界だけ,拠点を置く地域だけにフォーカスした事業展開が許されなくなっていることは,間違いないかと思います.これらを踏まえ,また本書の内容を踏まえ考えたことを二つ書かせてもらいます.背反する内容ですが,我慢してお付き合いいただければ幸いです.まず


(I)一部の頭脳に戦略立案を一任させる形式は改めるべきであるということです.経営層が,データの収集・分析を経て戦略の立案に関わるプロセスを問題視する主張は,今までにも多々あったかと思います.戦略が完成するころには,市場・競合関係が変化しており,その戦略が実行を前にして陳腐化してしまうというのが第一の理由です.その他,経営層まで情報が上がってくるまでの間に,情報の減衰,歪曲が起こること,そもそも上がってくる情報だけでは,市場や現場の真の現状がつかめないことも理由に挙げられます.

近年マッキンゼーが再注目しだした「学習する組織」や,H.ミンツバーグの提唱する「戦略クラフティング」など,現場の意見を経営に生かす手法も数多く存在します.これらの主張の中でどれが正しいのかを判断するのは極めて困難です.しかしながら,経済の変化するスピードが増大し,成功を遂げた事業が瞬く間に陳腐化するほか,あらゆる企業が世界中の競合や代替品の脅威と向かい合いながら事業の方向性を決めなければならない現代において,参入市場の成長性・規模を明確化すること,競合・代替品の脅威を正確に把握すること,は極めて困難であり,従来とは異なる思考方法・意思決定方法が必要なのは間違いないはずです.ただ,


(II)従来の戦略立案プロセス,データを基にした意思決定を軽視してはならないことをここで敢えて強調しておきたいと思います.情報技術の進展は,経済環境の変化速度も増大しましたが,その分意思決定に必要な情報の収集にかかる時間の短縮化も起こしたはずです.現場での改善・修正と同程度のスピードと柔軟性のもと,経営層が意思決定を行うことも不可能ではないはずです.そもそも,戦略の方向性が間違っていれば,現場から生まれる改善案・イノベーションも当然的外れなものになっていきます.従来の経営理論をそのまま用いることは破滅を生む可能性が高い訳ですが,それらを適切に使いこなし,迅速かつ冷静な方向づけを行う人材も,今後極めて重要であるというのが,私の考えです.



【関連書籍】
『質問する力』 大前研一
『企業参謀』 大前研一
大前研一 新・資本論大前研一
大前研一 新・経済原論』 大前研一


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