『戦略的思考の技術』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
大阪大学社会経済研究所の梶井厚志氏の著作で,副題からも分かるとおりゲーム理論の解説と企業経営・実生活への応用について書かれた書籍です.特に企業経営に関して有用な知見についていくつか紹介します.


先読みと均衡:製品開発や価格設定をする際,相手の取る戦略によって,自社の利益がどのように変化するかシミュレーションする企業は少なくないと思います.その際重要なのは,相手の戦略を自分の都合の良いように予測せず,相手が自分の行動に対し最善を尽くすと予想し,そのもとで自分も最善を尽くすことです.そのためには,相手の戦略を予測する際には,可能な戦略の組み合わせから得られる相手の利益を,相手の立場で評価し考察することが重要です.


行動の確約:相手の戦略が不明であることから生じるリスクのことを戦略的リスクと呼びます.戦略的リスクを軽減させる方法としては,相手の利益を先読みすることが基本です.しかし,相手も戦略的に振舞うことを利用すれば,自らの行動を相手に確約することで,より有利な結果を自分に導くことが可能です.例えば,特定の人材や研究・生産設備を手放したり,生産設備の縮小させるといった一見自社にとって不利な戦略を公にとることで,類似の製品・サービスの提供や生産過剰を互いに避けるといったことができます.


スイッチングコストとロックイン:相手が,製品や取引先を変更する際の費用をスイッチングコストといい,それを利用して相手の行動を自分に有利になるような行動から変えられなくしてしまう戦略をロックインといいます.コンピュータソフトや携帯電話に学生割引が適用されるのも,これらの製品は一度慣れてしまうと他の製品に乗り換える手間が大きくなることを狙ったロックインの一つです.


戦略的シグナリング戦略的に相手にシグナルを送り,自分の立場をより好ましいものにしようとする戦略的行動をシグナリングと言います.通販企業などが返品に無条件で応じるのは,自社の製品の品質の高さを確約するためのシグナリングの一つと言えます.重要な点は,シグナリングの信頼度は,そのコストと強い関係を持つということです.条件付の返品受付のように,良品の販売者もそうでない販売者とでシグナリングのコストに大きな差が生じにくいシグナルでは,顧客には意図したシグナルが伝わらないことに注意する必要があります.



【管理人より】
ビジネスに関わる人間が,敢えて学ぶことの意義についてここで少し述べておこうと思います.


経営理論の理解の深化のため:M.E.ポーターをはじめとする多くの経営学者の著作は,ミクロ経済学ゲーム理論等に関する基本的知識を前提としてかかれているため,それらとの接点の無かった方は,簡単な書籍で構わないので,一度それらについて一読しておくと理解の助けとなります.


理論的に競合の動向を予測する方法を学ぶため:ゲーム理論を駆使しても,競合および他の利害関係者の動きを完全に予測することは不可能です.しかしながら,競合の利益がどのような場合に決定されるか,自社の意思決定結果が競合の利益にどのような影響を及ぼしうるかを数学的に議論することで,少なくとも自社にとって都合のいい予測を行うといった愚行を避けることは可能となります.その点で,希望的観測・楽観主義に奔りがちな意思決定者にとって,ゲーム理論は大いに役立つ視座を提供してくれるはずです.



学問としてのゲーム理論は,ミクロ経済の一部ないしは応用数学の一研究分野といったところでしょうか.実際,ゲーム理論を考えたのは,天才(かつ変態)数学者のジョン.フォン.ノイマンですので,本格的な理論書は確率的記述と多変数関数を駆使した内容となっています.近年は,本書をはじめ,実生活・企業経営に生かせる部分のみに焦点を当てた書籍も多く出ているので,一度手に取ってみてもらえればと思います.

以上となります.



【関連書籍】 
ゲーム理論で勝つ経営』 アダム・ブランデンバーガー
ミクロ経済学 戦略的アプローチ』 梶井厚志 



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