『人材マネジメント論』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
マッキンゼーコンサルタント,現ワトソンワイアット社長を経験後,独立された高橋俊介氏の著作です.人材活用方法や組織戦略の理論解説に終始するのではなく,企業戦略,製品・市場戦略がどうあるべきかについて触れたうえで,組織・人材戦略のあるべき姿を議論しているため,極めて説得力のある内容となっています.重要点をいくつか紹介します.



顧客重視の事業ビジョン:事業ビジョンは,誰が顧客か,どのような価値を提供するか,どのように儲けるか,この三つを定義することで決定されます.企業が優位性を保つには,この事業ビジョンの達成に必要な人材像を定義し,その確保と育成,マネジメントを徹底する必要があります.市場の成熟化の進んだ現代においては,顧客の要望に応えるだけでは,顧客を心から満足させることはできません.顧客自身も明確にわからないプラスアルファの価値に先回りして気づき,それを提供するような現場社員の育成が,特に重要性を持つと言えます.


自律組織と組織の多様性:変化が激しく複雑化した市場においては,中央がWhat(すべきこと)を考え,管理部門がHow(具体的方法)を考え,現場がDo(遂行)するといった旧来の方法では対応しきれない事態が多数存在します.そこで求められるのが第一線において[What→How→Do→Check]のサイクルを回す自律型の組織です.自律組織では,細かなマニュアルや短絡的な数値目標の代わりに,企業ビジョンをはじめとする抽象的概念によって組織の行動規範を定め,第一線の社員の適切な自主性を引き出すことがカギとなります.また製品市場のグローバル化労働市場の高年齢化などに対応するため,組織のダイバーティを尊重し,追求する姿勢が欠かせません.


成果を生み出す能力と人物像:成果に直接的・間接的に影響を与える要素に関しては,スキル,思考力,行動特性,動機の四つに分けて考える必要があります.というのも個人の仕事の成果は,期待成果イメージ(どんな成果を出すべきか正確に理解していること)と能力(成果を出す能力)とコミットメント(成果を出さなければならないという姿勢)の掛け算によって説明できるためです.この際注意すべき点は,四つの要素には,成果のための必要条件に分類されるもの(スキル,思考力)と,十分条件(行動特性,動機)に分類されるものがあるということです.特に,現代はスキルの陳腐化が激しい時代においては,一定水準以上のスキル,思考力が備わっていると判断された人材に関しては,行動特性,動機が企業ビジョンと適合しうるかに注目することが重要です.



【管理人より】
本書の内容と重複する部分もありますが,いくつか思ったところを書きたいと思います.


正規雇用者を競争優位の重要な要素と位置づけるべきである:従来,非正規労働者を人件費を抑えるための手段程度に考えてきた企業が多く存在すると思います.しかしながら,非正規労働者の多くは,顧客との接点を持つ仕事であったり,その他その企業の提供価値に大きく影響を与える仕事に携わっていることが往々にしてあります.であれば,彼等を短期で雇う低賃金労働者と見なすのではなく,競争優位の源泉と見なす方が賢明です.非正規労働者の定着のための努力と,彼等への熱心な教育によって成功した企業も少なくありません.特に,今後深刻な労働力不足に直面する我が国においては,これらは真剣に検討すべき事柄であると思います.


企業ビジョンと評価制度との整合性には細心の注意を払う必要がある:マッキンゼーコンサルティング部門を創ったといわれるマービン・バウワーも著書の中で強調していましたが,評価制度,報酬制度は,社員の行動規範を定めるうえで非常に大きなメッセージを与えます.顧客満足を真剣に追求する企業が,売上によって報酬や昇進を決定するようなことがあれば社員は混乱し,組織の求心力は失われて行きます.企業ビジョンを明確化すること,そして人事制度,報酬制度とそれと矛盾しないように構成することが企業には不可欠です.


旧来型の組織形態,報酬制度が不要になるわけではない:我が国の多くの産業においては,階層型組織,官僚型組織は見直されるべき対象となっていますが,これに関しては注意が必要です.新興国はもちろん,先進国のなかにも,大量生産型のモデルによって収益をあげている企業が少なからずあります.現代であっても,需要が安定している産業というの存在します.そういった産業においては,計画性・正確性,組織のまとまりが極めて重要であり,自律組織や多様性がマイナスに働くこともあります.企業戦略全般に言えることですが,最新の理論が自社にとって必ずしも最適であるとは限りません.きちんと自らの頭で考え,最適な組み合わせを選択することを,企業は心がける必要があります.



【関連書籍】
『組織改革 創造的破壊の戦略』 高橋俊介 
成果主義 高橋俊介
『現場力を鍛える』 遠藤功



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