『不確実性の経営戦略』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
ハーバードビジネスレビューに掲載された論文の内,経済環境の複雑化が進行する現代・未来において,企業はどのような姿勢で自らの進路を切り開いていくか,ということについて優れた示唆を与えてくれる論文8本を抜粋し,編集した本です.

掲載論文の中には,ベストセラーとなった『コアコンピタンス経営』や『イノベーションのジレンマ』の元となった論文も含まれており,編集者のセンスが伺えます.お勧めの論文は以下の三つです.


コアコンピタンス経営』(ゲーリーハメル)では,経営者が当面の緊急課題にばかり注意を払い,未来のことを考えるために割く時間があまりに少ないことを訴えています.そしてそのうえで,リストラクチュアリングやリエンジニアリングによるその場しのぎの改革ではなく,常に明日の競争力の源泉を探求し,獲得していく努力が必要であることを主張しています.

イノベーションのジレンマ(ジョセフ・ボウアー,クレイトン・M・クリステンセン)では,大企業が既存顧客を大切にするが故に,または成長目標達成のため中小規模市場への参入に目を向けないが故に,今後市場を支配し得る有望な成長市場を見逃してしまうことの危険性を指摘しています.そして企業は生存のために,自身のコア事業を陳腐化・消滅させることも必要であることを述べています.理由は明白です.さもなければ競合にそうされるためです.

ゲーム理論を活用した戦略形成』(アダムM.ブランデンバーガー)では,ゲーム理論(目的を持つ複数の主体が、定式化された制約条件下で戦略を持ちそれぞれの目的達成に向けて行動する状況での、個々の主体や集団としての振る舞いについて研究する学問)を用いて,各企業がビジネスというゲーム上でいかに振る舞うことが可能であるかについて述べています.興味深いのは,他社に模倣されることで自身の利益を増大させられる状況を作り出すこと(協調下の競合)や,単にゲームに参加するのではなく,自らゲームを作り出す(プレーヤーや,自社および他社製品の付加価値を操作する,ルールを変えるetc)ことにより得られる利益の大きさなど,従来の戦略の教科書にはなく,かつ企業経営に大きな影響を与え得る内容が本論文の理論から導かれる点です.


その他の論文も,不確実性の分類とそれぞれに対する対処法を紹介したものや,仮説構築のプロセスについて言及したものなど,有益な内容を随所に含んでいます.多少論文の初出次期は古いのですが,現代の人間が読んでも大いに役だつ内容であると思います.



【管理人より】
近年,多くの企業が財務諸表・有価証券報告書の見栄えを良くするために膨大なエネルギーを割いてきた印象があります.しかし,企業にとって,そして株主にとっても,本当に重要なことは単にROI(投資利益率)やROE(株主資本利益率)の数字を改善させること,四半期ごとの株価を維持・向上することではないはずです.

それらを踏まえ,最近は会計基準の見直しとともに,企業の価値を評価する指標として,今後の成長のために必要な要素を組み入れようという動きがあります.まだまだ詳細は検討が必要ですが,私はこれに大いに賛成です.今後の発展のためには,企業はこれまで以上に成長のための戦略的な意思決定・投資・改革実行を必要とするはずです.そのためには,一人でも多くの人間が先見の明を有し,自分達の競争力を時代に先んじて進化させていく必要がありますし,投資家らはこれをより評価・歓迎するべきです.


ただ,口で言うのは容易いですが,これを実際に行うためには,まだ能力の点でも,認識の点でも我々には足りないものだらけです.しかしながら,ドラッカーの言葉にもある通り”変化が統計的に意味のあるものとして表れる頃には,機会としての利用は勿論,対処することすら手遅れになっている”のです.

そうなる前に,企業が,投資家達が変革を遂げられるよう,あらゆる手を付くさなければならないですね.
自戒も込めてつらつらと書かせて頂きました.



【関連書籍】
マッキンゼー 戦略の進化』 名和 高司
イノベーションのジレンマクレイトン・クリステンセン
コア・コンピタンス経営』ゲーリー・ハメル


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