『経営戦略論』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
ハーバードビジネスレビューに投稿された論文のうち,全社戦略・事業戦略に関する名著論文を集め,編集した本です.際立って印象的な論文はないものの,一つ一つの論文の質は高く,全体として良くできているといった印象です.若干本数が多めですが,今回も特に得るものが多かった論文を紹介します.


二章:資源,事業,組織を連動させた企業経営(デイビット・J・コリス)では,企業戦略の個々の要素を束ねる構成力こそが競争優位の源泉であることを述べられおり,さらに経営資源の性質,事業範囲,コーディネーション方法,コントロールシステム,本社規模はどのように調整することで整合性の取れたものとなるかが解説されています.章末のコラムにもある”製品との関連性よりも経営資源との関連性を見よ”という主張は,戦略的な多角化を考える企業にとって極めて重要な主張ではないかと思います.

三章:コアコンピタンスを実現する経営資源再評価(デイビット・J・コリス)では,従来のコアコンピタンスやケイパビリティより広義の概念としてRBV(経営資源に基づく企業の見方)という手法が紹介されています.そして経営資源を価値あるものかどうかを判断する基準(模倣困難性,価値耐久性,充当可能性,代用可能性,競争上の優秀性)とそれらを用いた経営資源の再評価・活用・投資方法について述べられています.また章末にはコアコンピタンスやプロダクトポートフォリオ理論,競争の戦略等についての歴史や問題点,今後の指針についても触れており,教材としてもなかなか利用価値の高い論文となっています.

四章:シナジーを創出する多角化企業の戦略(マイケル・グールド)では,経営者の安易なシナジー追及が大きな機会コストを伴う(経営者の注意を事業の事業の基本からそらし,真の利益を生むほかのプロジェクトを締め出してしまう,シナジー計画の不発による顧客との関係悪化やブランド・従業員の士気へ悪影響が生じるetc)ことが警告されてます.そして,経営者陣はシナジーの実現性と機会コスト・利益の比較を厳密に行い,さらに事業部マネジャーの反発を防ぐために的確な分析と戦略立案,情報共有を行うよう努めるべきであるということが主張されています.

六章:集中戦略はなぜ新興市場で機能しないのか(タルン・カーンナ)では,資本市場・労働市場・製品市場が不十分かつ未整備で,政府の規制が厳しく変動が大きい新興国において,大企業はその知名度や信用,製品ブランド力,資金力を用いて多角化を行うことで成功を収められると主張されています.

七章:「持続可能性」のための経営戦略(スチュアート L.ハート)では,環境技術を単なるリスク低減,コストダウンの道具として見るのではなく,大きな市場創出・競争力の創出につながることが述べられています.1997年初出の論文ですが,まさに現代の環境関連ビジネスの成長を予期していたかのような内容で,なかなか興味深い内容です.


手軽に読むビジネス書というよりは,教科書的な内容です.そういった意図で読むならばなかなか良い本かと思います.




【管理人より】
事業戦略については,以前から本当に多くの経営学者・コンサルタントが議論を重ねてきただけあって,多くの洗練された理論が存在しています.本書の論文は,全く新しい概念の提案よりは,ピーター・F・ドラッカーの事業戦略論(書籍としては『創造する経営者』など)や,ゲーリーハメル,C.K.プラハラッドのコアコンピタンス経営,プロダクトポートフォリオ理論を現代の経済環境にあわせ,より深堀りした内容のものが多かった印象を受けました.


実際,本書のいたるところにコアコンピタンスという言葉が登場し,その問題点や経営者の持つ誤解について議論されていました.

ポーターの競争戦略論もそうですが,多くの学者・コンサルタント等の批判を受ける概念というのは,それだけ注目(そして批判)に値する内容であったことに他なりません.

確かに,コアコンピタンスは外部に対する視点にかけるところがあったり,その創出能力に対する議論が不十分であったのは事実なのでしょうが,その概念が登場されたが故にそれを批判をする人が出現し,より良い理論の構築につながったと考えると,ゲーリーハメル,C.K.プラハラッドの功績も大きかったのかと改めて思えました.


ついでに個人的な感想ですが,現時点における主要市場での事業戦略に関する議論も注目に値しますが,個人的には新興市場での事業戦略について言及した六章と,環境関連技術を使った新規事業の可能性について述べた七章に特に価値を感じました.

フィリップコトラー『市場戦略論』にも新興市場でのマーケティング戦略についての論文が掲載されていましたが,今後ますます我々は新興市場の開拓に関して,積極的かつ戦略的にならなくてはなりません.また製品市場に関しても,既存技術の改善では中長期的な市場シェア獲得,企業の成長は難しくなっていきます.

我々は,新たな活路を創出するために本気で知恵を絞らなければならない時期に来ています.一部の学者・コンサルタントだけでなく,先進国の社会人・学生一人一人が自ら考え,知恵を出し合っていかなければなりませんね.その状態をどう作るかが難しいところなのですが.



【関連書籍】
選択と集中の戦略』ハーバードビジネスレビュー編集部
『不確実性の経営戦略』ハーバードビジネスレビュー編集部
『創造する経営者』ピーター・F・ドラッカー



人気ブログランキングへ