『大前研一 戦略論』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】

マッキンゼー代表として,国内外の多くの有識者から高く評価されている大前研一氏がMckinsey Quarterly, Harvard Business Review, Wall Street Journalに投稿した名著論文を集めた本です.分野としては経営戦略がメインとなり,一部国家戦略に近い内容の論文も含まれています.初出年度は古いものの,現代においても大いに役立つ示唆が随所に散りばめられた論文が数多く掲載されています.例えば,以下の論文などが個人的にはお勧めです.



事業戦略の本質(Mckinsey Quarterly 1983)では,まず『戦略』という言葉の定義(「顧客ニーズを満たすうえで競合より優位な差別化を最大限達成すること」)と,優れた事業戦略の特徴(市場が明確に定義されていること / 企業の得意分野と市場のニーズが合致していること / カギとなる成功分野において,競合に比べ優れた実績を発揮していること)が挙げられています.そして,市場全体を対象とした戦略を立てること,また常に経済環境の変化を読み経営資源の配分を見直すことの重要性を訴えています.

ボーダレスワールドの経営(Harvard Business Review 1989)では,グローバルな事業運営のためには,各々の市場を自国と等距離において見ることが重要であることが主張されています.また,グローバル戦略において意識すべきことは世界共通のニーズを中途半端に満たす製品・サービスを提供することとではなく,現地の経営陣に意思決定権を与え,進出地域に深く浸透すること(インサイダー化)であると強調されています.

トライアド戦略(Mckinsey Quarterly 1985)では,トライアド諸国(日米欧州)において,消費者が持つ情報量が増加することに伴い,企業が最良商品を最適価格で提供しなければならなくなったこと,労働コストの安い地域に生産拠点を移すモデルが通用しなくなっていること,企業が単独で技術優位を持ち続けることがますます困難になっていることについて警告がなされています.そして,それらへの対処法として完全所有子会社・ジョイントベンチャー・コンソーシアム(事業提携)などの手段を駆使し,主要トライアド地域それぞれで,真のインサイダーという地位を確立することが重要であると強調しています.

会社第一主義と"Do more Better"(HBR1989)では,事業そのものを見直すことなく,今の事業をよりよくすること(Do more Better)に徹し,競合を打ち負かすことに多大なエネルギーを使ってしまう企業があまりに多いことに対する警告がされています.各企業は,長期的な顧客価値創造を目指すことが第一であり,それゆえに新成長事業の創出を後押しするような戦略,人事・会計制度等を用意する必要があることが訴えられています.



内容のほとんどは格別驚かされるものではなく,むしろ基本的で,それでありながら多くの企業が国家がおろそかにしてしまう経営の本質を突いたものが多くを占めています.現代の問題に対する答えを得るためというよりはむしろ,現代の問題に取り組むための姿勢を学ぶための書籍として利用して頂ければと思います.



【管理人より】

事業戦略に関しては様々な名著が世に出ています.それぞれ主張が重なる部分,異なる部分あるかと思うのですが,それらと本書とを照らし合わせ,感じたことを幾つか整理したいと思います.


グローバル戦略の定義を見誤ってはならない:グローバル戦略とローカル戦略との対立について議論がなされることがあります(マーケティングのジレンマ』etc).グローバル商品とは世界中のニーズの平均値ではありません.業界によってはそのようなものなど存在しないこともあります.各地域で統一的に扱うべきなのは,会社の文化・価値観,人事・評価・会計制度,ITインフラなどであって,商品・サービスをどうするかについては,顧客に与えられる価値を第一に考え,投下できる資源と照らし合わせて最適解を探ることが重要かと思います.

本社の事業に対する関わり方を見直すべきである:本社と事業との関わり方についても様々な議論がなされています(『経営戦略論』,『BCG流 成長へのイノベーション戦略』,『イノベーションへの解』,『選択と集中の戦略』,『実践する経営者』etc).経済環境・科学技術が現代化するにつれ,企業が対象とすべき市場の数も種類も絶えず変化しています.本社のみでこれらをコントロールするのは社内での調整も困難を伴ううえ,何より対象地域の顧客・政治的状況・競合関係を的確に把握することが極めて難しくなります.軽々しく権限委譲という言葉を使うのは好きではありませんが,現地の意思決定者,現場の人間ひとりひとりが自律的に行動できるような仕組みづくり,支援体制が本社には必要なのではないでしょうか.

市場シェアを盲目的に追ってはならない:対象セグメントで競合を打倒すればよいような時代はすでに終わりました(『成長戦略論』,『ブルーオーシャン戦略』,『ドラッカー 経営論集』,『マッキンゼー 戦略の進化』etc).市場シェア獲得のためにかつての日本企業が犯した失敗の数々を繰り返すわけにはいきませんし,それを新興国企業にもさせてはいけません.結局共倒れという惨劇が待っているだけです.既存・新規問わず常に顧客の声に耳を傾け,社会に存在する満たされていないニーズを探り出す努力も当然必要ですが,そのニーズを自社が妥当なコストで満たすことができるかどうか,他社と比べてどうかを冷静かつ客観的に判断することも重要なはずです.


書き出すと終わらなくなりそうなのでこのあたりにします.大前氏の見識の深さには,大いに感心させられます.同じく著名なマービン・バウワーやマイケル.E.ポーター,ヘンリー・ミンツバーグ,ジョン.B.バーニーあたりも一通り目を通せればと思います.




【関連書籍】
マッキンゼー 現代の経営戦略』 大前研一
マッキンゼー 変革期の体質転換戦略』 大前研一
マッキンゼー 成熟期の差別化戦略 大前研一
マッキンゼー 成熟期の成長戦略』 大前研一




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