『競争戦略論I』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】

現在活躍中の,そしておそらく史上最も重要な戦略家としてフォーチュン誌から賞賛を受けたこともある著名な経営学者マイケル.E.ポーター教授が,自身がハーバードビジネスレビューに投稿してきた論文の中から重要なものを抜粋し,書籍として再構成したものです.競争戦略の基礎から,その現代版への拡張,さらには企業戦略・多角化戦略など様々な題目に触れられています.個人的には二章と四章,特に二章がお勧めです.


第二章;戦略とは何かでは,競争優位を獲得しそれを維持するためには,独自の価値あるポジションを選ぶこと,そして容易に模倣されないための戦略・組織の整合性と相互補強関係が重要であることが述べられています.整合性に関しては,企業が二つの相容れない価値の提供を目指すことで,顧客を混乱させ信頼を失う危険性があること,限りある経営資源を分散させてしまうこと,そして優先順位の不明瞭さによる組織力の低下が生じること根拠に,その重要性が述べられています.また相互補強関係に関しては,強固に絡み合った企業活動に対抗すること,それを模倣することが極めて困難であることから,その重要性を強調しています.また,成長を求めるあまり,戦略の整合性・一貫性に妥協を許し,本来の製品種類やターゲット層に関して持っていた競争優位を失ってしまったり,さらには組織としての動機づけや集中力を削位でしまわないよう,企業に注意を呼び掛けています.

これらに加え,オペレーションの改善は競争優位の確立のプロセスの一つであって,それのみに頼って長期的な競争優位を築くことは困難であることや,成長市場であってもそこで独自性を発揮できないのであれば,既存の市場で独自性を発揮することに集中する方が成長に繋がる可能性が高いことなど,貴重な助言が数多く書かれています..


第四章:衰退産業における終盤戦略では,衰退産業においても適切な戦略のもとに行動することで,損失を回避できること,場合によっては高い利益を創出することが可能であることが述べられています.そのためにまず必要なこととして,衰退産業の競争を左右する要因(需要状態,撤退障壁,終盤の不安定さ)を正しく評価することが提案されています.衰退産業であっても,衰退のベースが遅く製品のロイヤルティが高いなどといった魅力的な業界構造を持ち,撤退コストが低く,競合の事業継続が積極的でないなど,恵まれた環境下にあり,また自社が残ったセグメントで強みを持っているのならば,衰退期をチャンスととらえることも可能な訳です.本論文では,衰退期に行う戦略として,お馴染みの早期撤退戦略,収穫戦略に加えリーダーシップ戦略(業界に踏みとどまる数少ない企業の一つになる戦略),ニッチ戦略(高い利益の上がる需要の安定したセグメントを狙う戦略)とが紹介されています.


またその他にも,当時の多くのマネジャーが競合企業との市場シェア争いに集中するあまり,利益創出に深く関わる買い手・供給業者との力関係を軽視していたり,新規参入や代替製品の脅威を見逃してしまうことに対し警告がなされている第一章:競争要因が戦略を決めるや,主として多角化企業に対し,企業戦略がここの事業部の成功を育むことを最優先にしていない限り,どんなに整然とした戦略を立てても失敗することを述べた第五章:競争優位から企業戦略へ等も,教材としてそれなりの価値はあるかと思います.



【管理人より】

ポーター教授の従来の理論に関しては,多くの学者・コンサルタントからその陳腐化が指摘され,新たな新理論の数々も提案されています.ただそれは当然と言えば当然のことです.むしろ論文発表当時において競合以外の重要性を論理的に説明し,また企業がすべき意思決定についてその指針を体系的に提示した彼の業績に改めて頭が下がりました.実際,現代においても以下のような誤解・短絡的発想の抜けない学生・社会人が数多くいるように思えます.

  • 「売上の拡大」=「利益の拡大」
  • 「成長産業」=「魅力的な産業」
  • 「競争相手」=「同業他社」
  • 「重要市場」=「自国市場」
  • 「市場シェアの獲得」=「利益・成長の厳選」
  • 「顧客主義」=「顧客のあらゆるニーズにこたえること」
  • 多角化」=「リスク分散」(さすがにこれは少ないですかね)
  • etc..


そういった方々にとっては,この本の内容は十分価値あるものだと思います.

確かに,本書の内容において目新しい部分は多くありません.私自身,第一章:競争要因が戦略を決めるに関しては,マッキンゼー 戦略の進化』を始めとする様々な書籍でその発展に触れていましたし,第五章:競争優位から企業戦略へで述べられていることについても,『実践する経営者』,『大前研一 戦略論』,『選択と集中の戦略』,『経営戦略論』といった書籍でその一部や,それを内包した理論に触れていたので,重複する内容や,理論の脆弱さ,内容の不十分さを感じる箇所も多々ありました.

ただ,昨今の経営理論の元となった論文の一つに触れられたことで得たものは大きいです.土台となる理論の理解は,現代の諸理論の価値を理解するうえでも,また自分の頭で現代の経済環境に合う理論を考えるうえでも大いに役立つはずです.ドラッカーやマービンバウワー,大前研一氏の古典が未だに重宝されていることからも,このことはあながち間違いではないと思います.

むしろ,知識・理論の陳腐化が早い現代だからこそ,細分化され過ぎた理論,固有のケースに特化し過ぎた理論ではなく,名著と呼ばれる古典から,考え方の基礎を吸収し,自らも価値ある考えを生み出せるよう努力していくことが大切なのではないでしょうか.



【関連書籍】
『競争戦略論II』マイケル.E.ポーター
『経営戦略論』ハーバードビジネスレビュー編集部
『市場戦略論』フィリップ・コトラー
選択と集中の戦略』ハーバードビジネスレビュー編集部


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