『経営戦略立案シナリオ』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
ストラテジー&タクティクスの代表取締役社長の佐藤義典氏の著作です.市場戦略を出発点とし,事業戦略・組織戦略等にも触れられています.マーケティングの泰斗であるフィリップ・コトラー氏やセオドア・レビット氏等と同じく,顧客価値の理解と訴求を重視するスタイルの方で,一般的な経営戦略書に比べ顧客に対する視点がとても秀逸です.


一章:経営戦略論の本質をつかむでは,競争の戦略や資源論,コアコンピタンス経営,ブルーオーシャン戦略,ポジショニング理論などの既存理論を分類し,これらの本質的な要素を統合させて構成したBASiCS(Battle-field, Asset&Strength, Customer, Selling Message)という戦略ツールが紹介されています.これらの詳細については二章以降で述べられています.


二章:Battlefieldでは,戦場,つまりどの市場で戦うかについて述べられています.戦場というと,ポーターの5Forces(新規参入,調達相手の力,顧客の力,代替品の脅威,市場内競争)によるアプローチが有名ですが,著者はそれとは大きく異なる,より顧客の心理・行動に真摯に向き合った切り口で定義をしています.その切り口とは「顧客にどのような価値を与えるか」です.この考えによって戦場を定義し,さらに競合に関しても「ある欲求を充足したいときに,自社製品と一緒に浮かぶ全てが競合である」という定義をしています.以上を念頭に置き,供給者論理に陥ることなく戦略を考えることの重要性が訴えられています.


三章:Asset&Strengthでは,自社の独自資源(コアコンピタンスに近いもの)とそれを使った差別化について述べられています.ここでも,顧客に与える価値の明確化が強調されており,差別化が顧客の購買決定基準になりうるものであるか,その際に定義される競合と比べ自社は価値の面で相対的に優位であるかに注意するよう主張されています.そして,差別戦略に関して手軽軸・商品軸・密着軸という3つの軸が紹介されており,これらの軸の中から自社の独自資源と顧客価値との整合性のとれるものに集中することの重要性が訴えられています.


四章:Customerでは,顧客ターゲットを広くすることで,顧客にとって「自分との関連が薄くなる」ことに対し警告がなされています.顧客価値を中心に考え,戦場,独自資源,強みとの整合性をもった顧客の絞りが重要であることが,顧客の獲得や収益性の維持・向上に不可欠であることが強調されています.それをさらに補完する形で五章:Selling Messageが存在し,自社の行った差別化が,伝えるべき顧客に正しく伝わって初めて差別化が効果を発揮するという考えの下,差別化ポイントをターゲット顧客にとって価値であると感じられるよう「翻訳する」ことの必要性が主要されています.



著者が,マーケティング戦略を得意とし,広告作成にまで関わっている方であるため,ハーバードやマッキンゼーから出版される経営戦略・市場戦略系の本とは違った示唆に富んでいます.300P程ありますが,文も平易で読みやすく,要点も頭に整理されやすく構成されており,お勧め度は高いです.



【管理人より】
本書の内容は,ちょうど私が以前から構想し,具現化を試みていたことであったため,非常に価値を感じるものでした.ちなみに何を構想していたかと言いますとまず

従来の戦略理論のつながりを明確化し,これらを統合することです.ポーターの5Forcesは,優れたツールではあるものの,戦略を策定する上で不十分であるとの指摘は以前からありました.この他にも,ゲーリー・ハメルのコア・コンピタンス経営や,W.チャン.キムの価値曲線,フィリップ・コトラーのSTPや4P,J.B.バーニーのRBVなど,個々の出来は秀逸ながら,経営戦略を立案する上でどこかしら欠けた部分があるものは少なくありません.そのため,これらの効果的な組み合わせ方や,これらを統合したより欠点の少ない手法についての議論は大いに価値があると感じていました.BASiCSが完璧なツールとは言いませんが,この問題に正面から取り組んだ成果の一つとして,大いに価値あるものではないかと思います.そしてもう一つが


論理的思考・分析力に過度に依存した姿勢からの脱却です.マクロ的な経済指数の分析,市場調査,顧客へのアンケート調査,顧客の購買データの蓄積と分析が重要な作業であることには異論はありません.これらは今後も必須のプロセスであると思います.ただ同時に,顧客の行動・意思決定について,感性的に心理的に理解していくことも,製品開発・市場戦略では不可欠なはずです.そしてそれは,全社戦略・事業戦略・組織戦略に関わる人間も行うべきことだと思います.消費者の気持ちを真摯に理解する努力を怠り,MBA的な分析手法に依存した思考から生み出される組織や事業構造は,どうしても顧客価値の創出に最適なものとはなりえません.顧客が本当に望む価値を提供できなければ,低価格競争という惨劇が待っています.私も,バランスのとれた思考を身につけるよう,努力しなければと日々感じます.


H.ミンツバーグを始め,大前研一氏,ダニエル・ピンク氏なども最近,右脳的思考の重要性を訴えています.論理的思考や分析力といったものの希少性が,今後薄れていく可能性は高いです.それ以外の価値ある能力とは何かを常に意識し,磨く努力をすることが,今後の活躍を望む人間には必要なのかも知れません.



【関連書籍】
『実戦マーケティング戦略佐藤義典
イノベーションへの解』クレイトン.M.クリステンセン
『顧客ロイヤリティを高める「究極の質問」』フレデリック.ライクヘルド
『異業種競争戦略』内田和成


人気ブログランキングへ ビジネスネット