『稲盛和夫の実学 経営と会計』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
京セラの創業者であり,KDDIウィルコムの母体を創った稲盛和夫氏の著作です.会計を基点として経営の重要性について書かれています.各所に有意義な助言が散りばめられている訳ですが,特に印象的であった主張を三つ紹介します.


「適正な会計基準」をむやみに信じるのではなく,経営の立場からその本質を問う:会計制度に関しては,時代と共にいくつかの修正は加えられてきたものの,経営判断を行ううえで最適なものであるとは一概に言えない部分が複数あります.例えば,固定資産の減価償却にしても,税務上の耐用年数にしたがって償却をおこなうのはおかしいはずです.会計報告の頻度や項目においても,法令に則って決定するのではなく,自らが経営状況を的確に把握できるよう経営者は熟考し,定めていく必要があります.


「利益ベース」ではなく「キャッシュフローベース」で経営する:毎年決算上は利益が出ているにもかかわらず,実際の資金繰りが厳しく,いつも資金が不足している企業が数多くあります.これらの企業がよく行う過ちとして,固定資産にしても在庫にしても,費用と計上すべきものを資産として計上してしまうことが挙げられます.価値の無いものをいつまでも資産と見なし保管し続けても,見かけ上の利益こそ増大するものの税負担の増大と経費の増加を招くだけです.さらには経営状況を過大評価し,過剰な設備投資に繋がる危険性もあります.支出がなされたものをなるべく早期に費用計上すること,また設備投資は減価償却費プラス税引後利益で返済可能な範囲でしか行わないことを徹底する必要があります.


社員一人一人に経営への参画意識を植え付ける仕組みを用意する:本書では,アメーバ経営,時間当たり採算制度,売買原価法といった稲盛氏独自の経営手法が紹介されています.いずれも,現場社員一人一人に市場動向,自社の製品・資金の流れ,経営状況などを明確に知らせ,主体的な改善を促すための仕組みです.製造と販売(市場)との乖離は由々しき問題です.これらを解決するためには,呼びかけや組織の改変を盲目的に行うのではなく,効果的なシステムの構築と維持が不可欠です.



【管理人より】
不覚にも病を患ってしまい久々の更新となります.稲盛氏の経営手腕については,ここであえて記述する必要も無いと思います.極めて優れた経営者の一人です.今まで読んだ著作と絡めて,いくつか感じたことを書かせてもらいます.


基本ができているかを常に意識しなければならない:稲盛氏の助言は,極めて基本的なものが多いです.厳密な会計を心がけること,損益分岐点を常に意識すること,徹底した原価低減に努めること,資金繰りが可能な範囲での投資を行うことetc,いずれも斬新さはありません.大前研一氏や,P.F.ドラッカー等の古典が時代を超えて評価され続けるのも,基本を守ることがいかに難しいかを物語っています.以前も書いたように,3C分析ですら,完璧に行うのは極めて難しい作業です.目新しい理論・手法ばかりを追うことなく,経営における基本や本質を常に見つめ続ける姿勢が我々には必要です.


現場参画型の経営には,それを実現するシステムが不可欠:H.ミンツバーグや,ローランドベルガー会長の遠藤功氏など,現場社員の主体性を引き出すこと,現場が主体性を持って活動することの重要性を訴える有識者は数多くいます.彼等の主張は比較的理解しやすく,妥当性も決して低くないと思います.業界によってはまさに的を射た主張なのでしょう.ただ,それを維持する仕組みづくりは極めて難しい課題です.そのためには,組織改革や権限委譲,情報伝達の改善等々やるべきことは多いのでしょうが,本書でも述べられている通り,市場と本社部門・製造部門との距離が生じないような仕組みづくりが極めて重要であると思います.万能薬となるシステムは存在しないでしょう.各社とも常に考え続ける姿勢を持たなければなりません.


【関連書籍】
稲盛和夫の経営塾 高収益企業の作り方』 稲盛和夫
『H.ミンツバーグ経営論』 H.ミンツバーグ
『現場力を鍛える』 遠藤功



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