『経営戦略を問いなおす』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
『戦略不全の論理』『経営は十年にして成らず』などの著書で知られる三品和広教授の著作です.タイトルからも分かるとおり,近年乱用されがちな「戦略」という言葉に対し,その意味と本質を考え直す内容となっています.特に前半が秀逸です.特に重要と思われた点を紹介します.


「戦略」に対する正しい認識を持て:同業他社でもよしとするような理想論を,具体的な方法論にもろくに触れずに述べることには何の意味もありません.それはただの掛け声と変わりません.間違った認識の下での戦略立案は,意思決定者等を本来あてるべき有意義な仕事から遠ざける他,現場の疲弊,負の固定資産の創出など様々な弊害を生みます.他社には再現できない何かを作りこむことに立ち向かってはじめて戦略と言える訳です.また,市場の変化や,規制の変更,紛争や大事件等々,企業戦略に影響を及ぼす出来事は,予想外のタイミングで生じます.それにもかかわらず「中期戦略計画」などといってカレンダーに沿った周期での戦略立案を行い,期中はその戦略に縛られるといったスタンスでは,間違いなく対応に遅れをとることとなります.戦略は,予想外の出来事に対し,リアルタイムで対応することで形成されると言う認識が重要です.


売上成長の重要性を過大評価してはならない:企業が売上目標を立てるのは自由ですが,顧客がそれを意識して消費を増やすことはありません.するとどうしても企業の意識は,顔の分からないマス顧客に向かいます.そして確たる根拠もなく「どこかの誰か」が買ってくれるという無責任な論理に走りがちです.そして売上は多少拡大はしつつも,低い営業利益率に苦しむ企業が現れます.高利益率を誇る企業の多くは,取ろうと思えばとれる売上であっても,自社の方針と適合する分野でなければむやみに追ったりはしません.売上の追求ではなく,選別にもっと注意を払うことが重要です.


「立地」「構え」「均整」に神経を注げ:「立地」とは,言葉の通りどこで戦うかです.ここで注意すべきなのは,これを所属業界といった統計的な区分で定義しないことです.精密機器一つとっても,医療向けか家庭向けか,個人顧客か法人顧客か,低価格品か高価格品か等々によって利益率,今後の市場環境は大きく異なります.また「立地」には寿命があることを理解し,過去の資産を潔く捨て,進むべき新天地を追う姿勢が欠かせません.「構え」とは,どのように価値を提供するかです.ポイントは,垂直統合の度合いにしても,事業間シナジーにしても独自の利点を生み出すことです.技術や販路の類似性といった,同業他社でも容易に思いつくものを追いかけていては,非凡な結果は生み出せません.「均整」は,言うなればボトルネックへの注力です.ボトルネックというと生産現場のイメージが強いと思いますが,これは部門間でも言えることです.開発力の伴わないまま販売力を突出させても期待した効果は期待できないことを心得る必要があります.


戦略不全の事態を阻止せよ:戦略不全とは,戦略は存在していても,それが正しく機能していない状態のことです.数十の事業を抱える企業となれば,経営者がその全てを詳細に把握することは不可能です.確かに,経営者は,各事業の「立地」「構え」「均整」には責任を持つ必要があります.これは分業体制の内部に組み込まれている事業部長等にはできないことです.しかしながら,個々の事業において,その将来ビジョンを描き,実現のための方策を考え,社員に伝えるのは事業部長の役目です.ただ,これを阻害する要因が多々存在します.事業部長の任期が,3年前後と短く,数値目標の達成が今後の昇進に大きな影響を与えるという事実がその一つですし,重要ポストの人選に漏れた優秀層の処遇に困り不必要なポストを多数容易したこともその一つです.その他,社内に当該事業の元事業部長等がいて,彼等の「助言・忠告」によって事業部長が身動きを取れなくなっている場合もあります.これらの力学の排除と,経営人材・管理職の選択と集中の徹底は,戦略不全の防止には不可欠であり,経営者が責任を持って進める必要があります.




【管理人より】
紹介がいつになく長くなってしまいました.紹介の部分は,私の忘却予防措置としても活用しているため,評価の良い本は長くなる傾向がありますが,ご容赦下さい.本書を通じ,再度強く心に刻んだことがいくつかあります.それは以下の通りです.


総花的な提案は,何も提案していないのと同じである:「競合よりデザイン性に優れ,高機能な商品を,低価格で,タイムリーに提供するべきだ」といった類の提案は,反対意見は出にくいでしょうが多くの場合,価値を持ちません.この程度のことは,誰でも思いつきます.それを,実現する具体的方策が提示できれば別ですが,限られた経営資源から最大の価値を提供し,最大の利益を稼ぎ出すとなれば,何かを諦めなければなりません.理論の積み重ねや分析だけでは,限界が存在する点も多いと思います.より多くの経験を積み,その精度を高めていく必要があります.


人間の不合理性に真摯に向き合う姿勢を持つ必要がある:事業の統廃合にしても,組織改革や人選の見直しにしても,それを実際に適用するのは生身の人間であることは忘れてはいけません.経営上必要と分かっていても,自分の将来ないしは自部門に対し不利益が生じる案には,多くの人間が何らかの抵抗を見せるはずです.トップダウンで押し切るのが最適な場合もあるでしょうし,社内のコンセンサスに配慮する努力が重要となる場合もあるでしょう.これらについても,汎用性のある便利な解は存在しないでしょう.よくその組織と構成員を観察し,その場その場で考え抜く姿勢が必要です.


以上となります.


【関連書籍】
『戦略不全の論理』 三品和広
『戦略の原点』 清水勝彦



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