『組織戦略の考え方』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
一橋大学・大学院教授の沼上幹氏の著作です.組織論で登場する様々な組織形態の性質の再確認と,問題の原因をすぐに組織構造に帰着させてしまったり,流行の理論を安易に取り込もうとする近年の風潮に対する警告が主な内容となります.コンパクトな新書サイズですが,非常に秀逸な内容が盛り込まれています.特に印象深かった論点を紹介します.


官僚制組織の全否定は危険である:近年,従来の階層構造では対応しきれないほど,経済環境の変化が著しいのは事実です.そのため,現場が創造性を発揮し,自律的に問題解決・価値提供の努力を行うことは極めて重要です.しかしながら,官僚制の基礎ができていない組織は凡ミスを多発するようになります.ミスが多発すれば,顧客からの信用は消失しますし,現場社員はもちろん,経営の意思決定者等もそれらの処理のために貴重な時間を奪われることになります.官僚制の基本骨格をしっかりさせたうえで,より先進的な組織になるための付加要素を考える姿勢が重要です.


組織改革をすれば自動的に問題が解決するわけではない:特定の構造下で,何らかの判断を下し問題解決に当たるのは,つねに人であり,組織構造それ自体ではありません.製品力不足も販売力不足もその真因は,研究開発スタッフの時間が他の雑務に奪われていることや,そもそも担当の人材育成が停滞しているといったことです.それを解決するための専門組織を作ったところで適切な人材がいなければ問題は解決しません.組織構造を疑う前に,担当者の人選,人数配分,人材育成状況に見直すべき項目がないかを検討する姿勢が重要です.


「過剰な仕事遂行能力」と「秀才の過剰な配置」に警戒せよ:成熟事業部は,その利益貢献度の大きさや伝統などから優秀層が集中しがちです.業務の効率化が進む一方で,仕事量は増大しないため,一定割合で余剰人員が増加していきます.暇になった優秀層は,自らの忙しさを追及するあまり,不必要な仕事を創り出す危険性があります.社内手続きの複雑化,社内資料等の無意味な完成度追求,製品企画の過剰な細分化等々はその典型例です.経営者は,その兆候に常に警戒し,複雑化した社内手続きの破壊と,優秀層の新規事業への引抜き等を行う必要があります.



【管理人より】
一つ前に紹介した,『経営戦略を問いなおす』に続き,非常に得るものの多い一冊でした.両書から得た共通の教訓を与えてくれたのでここに書き残しておきます.


既存の用語・理論を本当に正しく理解しているかを自らに問え:私が大学院でお世話になった教授もおっしゃっていたのですが,一つ一つの用語・理論の正しい意味,それが生まれた背景,他の理論との関連が頭に入っていないまま,持論を展開したり他人の話を聞くことは極めて危険です.例えばPPMを考えると,何故縦軸・横軸が市場成長度・自社シェアであるのか,基準点・境界点はどこに定めるべきか,この手法の注意点・問題点は何か等々,注意すべきことは数多くあります.SWOT分析においても,何が強みか(弱みか),何が機会(脅威)か,といったことは自社のビジョンや全社戦略によって大きくことなる筈です.中途半端な理解で先に進まないよう,重々注意したいと思います.


人への配慮を怠ってはならない:事業戦略であろうと,技術戦略であろうと,実際に細かい戦術を組み立て,遂行するのはその会社のヒトに他なりません.無論,戦略を立てる際には,市場環境,既存の競合や今後想定しうる競合企業,自社の技術力,製品開発力,ブランド力,組織構造や現場社員の人数・能力等々を精緻に分析し,経済効果と実現性を検討した上で,提案へと導くわけですが,その際には多少なりとも何らかの仮定を置くことになります.特に,人の行動に関しては,しばしばその不合理性・不純性が見落としがちです.ヒトを信頼することも重要ですが,その弱さもきちんと踏まえ,それに対し真摯に向き合う姿勢を忘れてはなりません.


経済環境の激しい変化と市場の複雑化を憂慮するあまり,最近,自律組織を過大評価していた部分があります.大いに反省が必要したいと思います.



【関連書籍】
『ザ・ゴール』 E.M.ゴールドラッド 
『H.ミンツバーグ経営論』 H.ミンツバーグ
『組織改革 創造的破壊の戦略』 高橋俊介



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