『なぜ新しい戦略はいつも行き詰まるのか』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
元コーポレートディレクションコンサルタントで,現在テキサス大学助教授としてMBAの学生指導等に携わっている清水勝彦氏の著作です.従来の分析・論理思考を重視した経営戦略の限界と,希少性・価値の低下に対する問題提起とその対処法について書かれています.興味深かった論点をいくつか紹介します.


戦略のコモディティ化と枝葉末節の差別化:現在多くのビジネスパーソンMBA的な経営理論・論理的思考を学ぶようになった結果,MBAの中身が希少性を失ってしまいました.それにより,皮肉にも戦略を事実に基づき論理的に導く努力をすればする程,他社と似通った戦略を立ててしまう事態になっています.同時に,他社との差別化にこだわり,戦略の枝葉を変えるといった瑣末な差別化(戦略の複雑化)が進められるといった事態も引き起こされています.


現場主義信仰による消耗戦の激化と成長限界:製造業に関して日米企業を比較し,日本企業の現場の業務効率の高さや主体的な業務改善活動が,競争力の源泉であるといった議論が一時期流行しました.しかしながら,「他社と同じことをもう少し頑張る」といった発想は,他社のさらなる追随を招き,業界全体の疲弊へと繋がります.また,現場の問題を丹念に改善すると言ったプロセスでは,革新的な製品・サービスのアイデア創出はおろか,変化する顧客ニーズへの対応にも満足な解を与えてくれません.


情報収集や分析から「正しい戦略」を導くことは不可能:他書でも指摘されている通り,顧客も自身のニーズを正しく把握しているわけではなく,顧客の声に熱心に耳を傾けても革新的な製品に繋がることは滅多にありません.顧客ニーズをはじめ,技術革新,国際経済等々,未来のことを予測することは,現状ではまず不可能です.さらに,顧客ニーズをはじめ,企業を取り巻く環境は常に変化し,「正しい戦略」も常に変化します.したがって,「正しい戦略」がどこかに存在し,それが情報収集なり分析なりで導けるという前提そのものを考え直す必要があります.


「自社」「自分」を出発点とした「試行錯誤」を行う環境を創出せよ:正確に行うことがまず不可能な未来予測の精度を上げることに経営資源を投入する代わりに,「成功するアイデア」の発見のための「試行錯誤」を組織的に推進する姿勢が,今後革新的な製品・サービスの創出するためには不可欠となります.当然,これは様々な困難を伴います.アイデアを生み出し,その妥当性を実験し,それをビジネスとして実行する環境を粘り強く維持していくことが企業には求められます.



【管理人より】
本書の問題提起は,これからコンサルテントになる人間にとっては大きな関心事であり,大いに考えさせられました.今後我々がすべきことについて,思ったことを少しばかり書きます.


複雑性・不確実性に正面から立ち向かう:これは,本書の主張とは真逆となるわけですが,可能性の一つとして検討を続けるべきだと思います.少し私の研究生活と絡めてお話します.私は,元々純粋数学の研究者であり,その後大学院で,複雑系と言われる物理モデルの研究に携わりました.複雑系とは,対象の非戦形性や,高次元性,構成要素の膨大さなどから従来の解析手法では取り扱えない物理系のことです.近年,この複雑系非線形科学の分野で著しい理論の発展が進んでいます.それが可能となったのも,既存の数理的手法の範囲内での解析を続ける旧来型のアプローチと決別し,複雑系の持つ複雑性に真っ向から挑み続けた研究者達がいたからです.これは経営の世界でも言えるのではないでしょうか.顧客ニーズの数理モデルというとさすがに非現実的な発想に見えますが,行動経済学,ゲーム理論,確率的情報処理等々の知見を用いて,旧来の理論の限界を破壊できる可能性もあるわけです.現代の分析技術・予測方法があまりに低精度だからといって,未来予測の重要性を否定するのではなく,もう少しこれらの可能性を追求する姿勢も重要ではないかと思います.


予測不可能性を受け入れ,その中で最善の対処法を考える:現在の,行動経済学,脳科学,複雑系科学等々の研究成果を眺めると,経済環境の不確実性に対応可能な理論・手法が提案されるまでにはまだ時間を要する印象があります.私も何か良い対処法が思いつけば積極的にこれらの知見の深化に貢献したいと思うのですが,普段の実務との相関を考えると,私がすべきなのは,この予測不可能な状況下で,最善の対処法を考えることかと思います.『イノベーションのジレンマ』等でも指摘されているように,革新的な製品アイデアは,提案された当初は,経営陣や顧客は勿論,その提案者さえその成功に確信をもつことはできません.こういったアイデアが実際に実を結ぶような土壌を創るために企業がすべきことは,まだ数多くあるはずです.それらを仲間と共に一つでも多く見出し,提供していければと思います.


いずれにせよ,著者の指摘する戦略のコモディティ化は避けられない事態かと思います.これに対し,何らかの対応をしていかなければコンサルタントの市場価値を維持することは難しいでしょう.クライアントではなく,自分達にとって必要なイノベーションについても真剣に考える姿勢が我々には不可欠なのではないでしょうか.


【関連書籍】
『戦略の原点』 清水勝彦
イノベーションのジレンマ クレイトン.M.クリステンセン
『不確実性の経営戦略』 ハーバードビジネスレビュー編集部


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