『知識経営のすすめ』

【評価】

☆☆☆☆


【紹介】
我が国における経営研究の第一人者の一人である野中郁次郎教授と,教授であり知識産業コンサルタントである紺野登氏の共著です.先進国を中心に知識労働者が増加している現状を踏まえ,知識経営(従来型のナレッジマネジメントを,より競争優位につながる手法へと拡張したもの)の重要性と活用方法について言及した本です.本書とは,順序を変えて論点を紹介します.



知識を主体とした産業構造への移行(6章):前世紀は,産業が製品・市場によって牽引されてきました.それが,先進国を中心に知識によって再編成されていくと考えられます.そこでは,製造業・サービス業と言った古典的な境目は意義を薄め,知識による付加価値の大小が収益性を左右すると考えられます.また,この付加価値を考える際は,従来型重要視されてきた機械的機能だけでなく,思考や感情への働きかけや,他社製品との互換性,製品設計から提供の自由度などにも焦点を合わせる必要があります.


知識と情報の違い,知識経営とナレッジマネジメントの違い(1章,2章):米国で広まった従来型のナレッジマネジメントは,ベストプラクティスや定量的情報の収集・共有化といった情報処理的側面が強く出ていました.しかしながら,ベストプラクティスのベンチマーキングはあくまで「模倣」にすぎず,革新的な価値の創出には結びつきません.そのため,従来型の情報収集型のナレッジマネジメントから,知識(イノベーション力,概念創造力,問題解決力)を創出し活用していくためのプロセスの構築,環境整備等(知識経営)が不可欠であると考えられます.


知識を創出する仕組み作り(3章):知識には,暗黙知形式知があります.企業の知識の多くは身体的で本能的なレベルの知識である暗黙知です.重要なのは,この知識をいかに創出し,共有化するかです.その際には,個々人が暗黙知を創出するプロセス(Socialization),その暗黙知形式知化するプロセス(Externalization),形式知を共有,伝達するプロセス(Combination),形式知の実践により新たな知識を集積するプロセス(Internalization)の流れ(SECIモデル)が適切に機能しているかに注意を払う必要があります.


知識創出と知識資産とをつなぐ(4章,5章):企業が知識を糧に価値を生み出していくには,新たな知識を創出することで価値を生み出すこと,既存の知識を効果的に応用,活用して価値を生み出すことが重要となります.したがって,既存の階層型組織の性格(高効率性)とプロジェクト型組織の特徴(創造性)を併せ持った組織が求められる訳です.そのためには,組織図の議論に終始するのではなく,トップとの大局観を共有しつつ,現場に深く関わるミドルの教育と配置など,人材面での精緻な議論も必要となります.


現場の戦略的行動の重要性の高まり(6章):H.ミンツバーグも指摘しているように,本部の戦略計画に現場が従い,結果をフォローするといった従来型のPDCAサイクルが再考されるべき時代が到来しています.今後重要度を増していくのは,環境や機会の変化に対して有機的に知識資産を配置し,あるべき戦略的行動を誘発するような経営モデルです.その実現のため,戦略部門は,詳細な戦略計画ではなく,実行スタッフの知識サポートに回るといった意識を持つ必要があります.



本書に関しては,一部から文章が難解だとか,こなれていないとの意見が出ていますが,気になるレベルではないです.1999年の本ですが,知識管理の本質を知るうえでの有益な知見が多々含まれた良書だと思います.



【紹介】
以前,我が国の製造業依存体質,行政の製造業再興への姿勢に疑問を抱いているとの見解を書かせていただいたのですが,本書の内容を元に追記したいと思います.


価値の源泉で,産業を再定義する必要がある:本書の中で野中氏は,製造業の中でも知識に価値の源泉を置くものを「知識製造業」という言葉で表しています.先進国企業の多くは,量産品を高品質で安価に提供すると言ったスタンスでは生き残れない状況にあります.その点で,製品を提供することに固執することなく,日本人の持つ高度な技術,知的財産を持ちいた高付加価値産業への注力が必要です.それを踏まえて製造業を過度に信仰する姿勢は見直すべきであると以前言ったわけですが,それよりは野中氏の表現・考え方がより適切であるのかもしれません.
つまり,農林水産業,製造業,サービス業という括りで,自分達が注力すべき産業を議論するのではなく,価値の源泉で注力分野を選別することが重要なのではないでしょうか.知識農業,知識水産業というと少し違和感がありますが,我が国はバイオに関する複数分野で世界の先端を行っていますし,それらを基にした高付加価値な第一次産業というのも視野に入れる必要があるのかもしれません.いずれにせよ,従来型の産業区分,付加価値の解釈において見直すべき所は数多くあると思います.



【関連書籍】
『知識創造経営』野中郁次郎,竹内弘高,梅本勝博
イノベーションの本質』野中郁次郎
『創造経営の戦略』 紺野登


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