『進化する企業のしくみ』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
ボストンコンサルティンググループでテクノロジー系の案件を数多く手がけ,その後独立してコンサルティングファームを起した鈴木貴博氏と,NTT副社長の宇治則孝氏による共著です.内田和成氏の提唱する異業種間の企業競争の現状と,Web2.0,クラウドコンピューティングなどのITイノベーションによる競争原理の変化について書かれています.重要なトピック,用語について紹介します.


異業種競争:内田和成氏が指摘している現象で,従来の業界区分を超えた企業間の競争が至る所で生じていることを言います(参照『異業種競争戦略』).企業は,この現状を正しく認識し,従来の成功パターンに依存しないこと,自社のバリューチェーンは勿論,その川上・川下,近接業界のバリューチェーンにも常に注意を払い,脆弱な箇所の把握と新たなビジネスモデルの検討することを肝に銘ずる必要があります.


サービス指向アーキテクチャ(SOA)の拡大:SOAというのは,他社のシステムとの互換性をもつシステム設計と理解していただければ良いかと思います.つまり,自社で業務に必要な一連のシステムを全て保持するのではなく,コア部分は自社特有のシステムで,検索部分はGoogleに,取引部分はAmazon,決算はVisaといったように,各社間で柔軟にサービスを組み合わせて業務ができる環境が現在存在し,拡大しているのです.様々な問題点の指摘されているERPに替わる有望な技術として,現在多くの企業が注目しています.


Web2.0マーケティングへの応用:近年,ブログやツイッターなど,個人が情報発信する機会が増大し,口コミ等をマーケティングに生かすだとか,アンケートでは知りえない顧客の本音を汲み取る努力が各企業で進められています.従来は,無数にあるブログからいかに有益な情報を見つけ出すかに苦戦する企業が大半だった訳ですが,近年になって,ブログの文章を理解し,自社製品について満足している点,不満な点を整理するソフトが開発されました.これらの動きにより,一層個人の情報発信を生かしたマーケティング活動が進展すると考えられます.


APIの公開と企業間マッシュアップAPIとは,ソフトウェアを開発するための簡易プログラムといった所でしょうか.要は,各社がAPI公開企業のソフトを自由にカスタマイズして使える状況(マッシュアップ)が進んでいる訳です.例えば,自社のホームページ上でGoogle Mapsが起動し,自社の各店舗が表示されるといったサービスは,このAPIの公開によって可能になったものの一つです.これにより,提供企業は勿論,様々な企業間で新しい提携ビジネスの可能性が見出され,着々と進展が見られています.




【管理人より】
近年,旧来型の戦略論の限界が至る所で生じています.私が特に強く感じている点を2つ確認しておきます.


RBV的アプローチの軌道修正が必要:従来RBV(企業の内部資源)を評価する際は,付加価値創造力,希少性,模倣困難性といったものが最重要項目として存在しました.そのため,自社の競争優位の源泉を定義したら,極力それを他社に知られないようにするといった行動が推奨されていました.しかしながら,SOAの普及,APIの公開が進む中,企業は,その考え方も見直す必要が出てきたかと思います.むしろ,知的資産の公開によって,企業のビジネスチャンスの拡大や,既存資産の更なる強化が進むことも期待できるわけです.以前読んだA.ブランデンバーガーのゲーム理論に関する論文でも,他社の参入・模倣が競争優位に繋がるケースが紹介されていました.従来の戦略理論に縛られること無く,その時々で柔軟かつ本当の意味で戦略的に考える姿勢が重要かと思います.


戦略計画的アプローチと現場主義の融合にはまだ議論が必要:H.ミンツバーグ,清水勝彦氏など,経済の変化が複雑化し将来に対する不確実性が増大しつつあることから,中央頭脳が詳細な戦略計画を立て,現場が実行するといったプロセスでは対処できないと言った主張が多々存在します.私も将来予測の困難性については憂慮しており,H.ミンツバーグや遠藤功氏,高橋俊介氏の言うように,現場への権限委譲と,社員一人一人がリアスタイムで問題解決にあたることが極めて重要であることには,ある程度賛成です.しかしながら,いずれの専門家も,トップのビジョン,大局的な方向付けの妥当性も極めて重要であることに言及していることから分かるように,トップが重要な意思決定をしなければならないことには変わりはありません.また,ビジョン・方向性の妥当性の向上のためにも,従来型の戦略論的アプローチが価値を失うことはないと思います.過去からの脱皮は不可欠ですが,安易な全否定には気をつける必要があるかと思います.





【関連書籍】
『異業種競争戦略』 内田和成
クラウド化する世界』 ニコラス.G.カー
『グランズウェル』シャーリーン・リー, ジョシュ・バーノフ


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