『顧客ロイヤルティを知る「究極の質問」』

【評価】

☆☆☆☆☆


【紹介】
べインアンドカンパニー名誉ディレクターであり,顧客ロイヤルティ研究の第一人者である,ライクヘルド氏の著作です.顧客ロイヤルティの真の価値についての言及から,その獲得方法まで丁寧に解説がなされています.本書のポイントを私なりに三つ紹介します.


(1)顧客からの搾取は極めて危険な行為である:短期利益の増大のために,値上げやコストを削ることは簡単です.しかし,それによって企業の製品・サービスに強い不満を持った顧客は,自身の購入を控えるだけでなく,批判者となって否定的なクチコミを知人や不特定多数の人に広める可能性があります.それは,売上の減少と社員のモラル低下など成長阻害要因として重くのしかかり,下手をすれば企業の存続にも関わる問題となります.


(2)好意的な顧客の割合を,財務数字と同様に扱うべきである:逆に言えば,顧客を大いに満足させ,推奨者へと変えることができれば,その顧客は自らの購入を増やすだけでなく,肯定的な口コミを知人をはじめ様々な人々へと伝えてくれます.実際,高い顧客ロイヤルティを誇る企業は,マーケティング費用が大幅に抑えられ,また成長も群を抜いて早いといった調査結果も報告されています.そのためには,NPS(推奨者の正味比率=推奨者−批判者)を正確に把握する必要があります.それを知るための究極の質問というのが「この製品・サービスを友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」です.この質問を用いて,NPSを正確に把握し,その数値が70〜80%に達するよう,社員一丸となって取り組むことが極めて重要です.


(3)NPSの測定方法,測定結果の活用に細心の注意を払え:企業が良く行う過ちの一つとして,調査項目を増やしすぎることがあげられます.これは,調査対象者の時間を奪い,不満を助長するだけでなく,あとで調査結果を活用する際にも個々の指標の意義を低下させ,意思決定を歪める原因にもなります.また,全ての顧客に調査を行うことで平均化の罠に陥ってしまったり,調査結果の公表が遅かったり,その結果が知らされても現場が自らの権限ではそれらに対処できないようであれば調査を行う意味がありません.質問の数は数個に厳選すること,収益性が高く推奨者にしたい顧客の意見を得ること,現場が臨機応変な対応をできるよう適切な権限を与えることが極めて重要です.


その他,細かい記載については本文で確認してみてください.戦略論の大家であるM.E.ポーターやJ.B.バーニーとはまた違った,価値ある知見が得られると思います.




【管理人より】
NPSの概念自体は極めて魅力的なものです.しかしながら,筆者も本書の中で述べている通り,それを正しく使うことも,また社内や調査会社の反論に対処しつつ全社に広めていくことも極めて難しい課題です.本書の記述と一部重複しますが,その上で重要であると考えることを書かせてもらいます.


(1)NPS改善の効果を定量的に評価する:NPSに限らず,財務諸表に載らない指標の価値を経営陣,現場社員に理解させるためには,その指標が1%上がるごとに何億の経済的価値が創出されるかについての客観的データが必要です.無論,それを正確に提示することは困難です.しかしながら,推奨者・批判者の購買行動,クチコミの経済価値の平均値程度であれば算出可能ですし,それを基にある程度の信頼性を持った数字の提示は可能なはずです.


(2)調査対象者への配慮を怠らない:我々もそうですが,企業の都合で自分の時間と労力を奪われることに嫌悪感を感じない人は,そう多くはありません.調査に協力してもらった以上,その調査結果を迅速に製品・サービスの改善につなげるなり,何らかの対価を提供するといったことをしなければ,調査の実施は逆効果に繋がりかねません.


(3)資源配分,社員評価制度と指標との整合性に注意する:NPSや収益性といった指標から,顧客のセグメント分けを行えば,どの顧客に経営資源を割くべきかがより明確化するはずです.優良顧客から利益を搾り取り,その資金を新規顧客の獲得や満足度の低い顧客の問題解決にばかり使うといった行為は愚の骨頂です.優良顧客には,それに見合うだけの満足を提供し続ける必要がありますし,収益性が高いにもかかわらずNPSが低い層がいれば早急な対処が必要でしょう.これらの意思決定を正しく行うとともに,現場社員の評価も,従来の短期的な収益性やコスト削減の達成度といった指標から,新たな指標に基づいたものに変更する必要があります.


顧客ロイヤルティという言葉自体は,近年多くの書籍でも扱われるようになり,ある程度世間に浸透しつつあるかと思います.しかしながら,他の経営ツールと同じく,それを使う立場となれば,中途半端な理解では満足のいく結果は得られません.この本一冊で十分とは言えませんが,この分野における数ある著書の中では,お勧めできる一冊です.




【関連書籍】
『ロイヤルティ戦略論』 フレデリック.ライクヘルド
『儲かる顧客のつくり方』 ハーバードビジネスレビュー編集部
コトラーマーケティングコンセプト』 フィリップ・コトラー




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